椎葉のていねいな暮らし。

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世界農業遺産 高千穂郷・椎葉山地域

椎葉のていねいな暮らし。

日本三大秘境のひとつであり、人口約2700人の椎葉村に、2015年に移住してきた久松優花さん(42歳)。モンペ姿が印象的だが「こういう格好が好きで着ていたら、近所のおばば達がたくさんくれたんです」と笑う。元々は美術家を目指し、広島で子ども達に絵画を教えていた。2011年の震災を境に住みなれた広島を離れ西日本を旅して椎葉にたどり着いたという。
「椎葉村にはじめて来た時に、私が求めていた場所はここだ!って。中途半端じゃない田舎具合が私には心地よかった。昔ながらの暮らしが残っているのはここしかなかった」。山の麓にちょっと道を切り開いて小屋を建て、山の恵みをいただきながら生きていく。山の湧き水で、焚き物を使ってお風呂や炊事をしているから、例え電気や水道がストップしても暮らしていける。椎葉の人々の暮らし方に生きる逞しさを感じたという。

自然と共に生きる。

先祖代々受け継がれてきた焼畑。

焼畑は、農薬や肥料を使わず自然の力を活かす循環農法。

焼畑は、究極の自然農法。

毎年夏の盛りに行われる焼畑の火入れには、全国から人が集まってくる。昔は地元の人だけで20人くらいで焼いていたが、今はテレビや新聞の取材人や研究者、観光客まで全国から200人くらい人が来るという。「みんな、山での暮らしに興味がある。自然のものを焼いた煙が、精神疾患に効くとも言われているらしい。焼畑の魅力は炎の迫力、煙の魅力。たくさん伝えたいことがある」と優花さんはいう。

縄文時代から受け継がれてきた椎葉の焼畑は、1年目にソバ、2年目にヒエやアワ、3年目に小豆、4年目に大豆を育てる。その後は、山に返し20〜30年ほど休耕する。栽培する作物を周期的に変える輪作は、特定の病原体や害虫が増加しにくく、化学肥料や農薬を使わなくてすむようになる。反対に、毎年同じ場所に同じ作物を植える連作栽培は、その作物を冒す病原体や害虫が増加し、土の中の養分に偏りが出て連作障害を起こす。その結果、化学肥料や農薬を使わないと作物が育たない土地になってしまうという。山を焼くことで、山は若返り、植物が育ち、それを食べる動物達の命も育む。焼畑の作物栽培が終わった後、イノシシの餌となるように栗の木を植えることで、イノシシが里に下りてきて畑を荒らすことが減ったという。先人の知恵が詰まった焼畑は、自然の理にかなった「究極の自然農法」でもあるのだ。

焼畑で育てたアワの穂。手で揉んだり、棒で叩いて脱穀する。

椎葉でしかできないこと。

娘さんの初節句にと近所の方が持ってきてくれた菱餅。砕いて乾燥させてかき餅にする。

たくましく美しく生きる。

椎葉に移住し、家族を持つことによってまた意識が変わったという優花さん。「4年前、椎葉にひとりでポツンと来たから、皆さん心配してくださって『あんた、どっかの嫁さんせえ』って縁談の話をたくさん持ってきてくれたんです。でもその時は、焼畑や椎葉の暮らしのことをもっと学びたかったから『60歳になってもまだ一人だったら結婚します!』みたいな感じで断っていて。地区の方も不思議に「まあ、それならいいわ」と許してくれて(笑)。今になって思うと、未来に対して希望を持てなかったので家族を持つ気がしなかったのかもしれない」と優花さんは振り返る。

しかし椎葉に来て、地域の人たちが優花さんを家族みたいに受け入れ、本気で助けてくれるうちに、どんどん心がほぐされてきたという。「椎葉でだったら子育てできるかもしれない。家族を持つのもいいかもしれない」と意識が変わっていった。その後、茨城出身の旦那さんと大分で出会い結婚。旦那さんも椎葉に移住し、今は林業をされている。4ヶ月前に娘の大花(あわ)ちゃんが生まれてからは、地域の方達がまるで自分の孫のように宝物のように育ててくれるので子育てにストレスを感じたことがないという。

自然と関わりを持って暮らすことが優花さんには心地よく最高に幸せだという。「自然が家であり、親であり、自然が人を育ててくれていると実感する。自然と共にたくましく美しく生きている椎葉の人々に憧れる。椎葉の暮らしで心が満たされたら、都会の良さも逆にわかってきた。都会を否定するのではなく、それぞれみんな好きな場所で好きなように生きるのが幸せだと思う」と優花さんは微笑む。

4ヶ月の大花(あわ)ちゃんと。

椎葉村が、世界農業遺産に認定。

椎葉村の仙人棚田。椎葉のマチュピチュとも呼ばれている。

焼畑蕎麦苦楽部での活動。

2015年に椎葉村を含む高千穂・椎葉山地域が世界農業遺産に登録された。この地域で受け継がれてきた焼畑で蕎麦やヒエやアワなどの雑穀を作り、刈り取った草で牛を育て、木を切って椎茸を栽培し、山へ返しまた木を育てる。自然と共にある暮らし、山を守りながら農業をする姿勢が評価された。

優花さんと旦那さんは、焼畑農法の第一人者であるクニ子おばあちゃんの息子である勝(まさる)さんが代表の「焼畑蕎苦楽部」のメンバーでもある。焼畑という大切な農業遺産を次世代に伝えるために活動している。メンバーは現在11名。ヤボ切りの大木の伐採は男性だけで行うことが多いが、焼畑で収穫された雑穀や野草を使った加工品づくりは女性を中心に行われている。「人間が自然にとって役に立っている焼畑は、私にとって希望の光なんです」と優花さんは目を輝かせる。米が2000年の歴史があるとしたら、ヒエやアワ1万年歴史がある。遺伝子的にも日本人に合うという。椎葉に来てから毎日、雑穀を食べていたら体質改善して冷え性が治ったという。焼畑も狩猟も神楽も、自然界の恩恵なしには成り立たないものばかり。「ありがたいことを直接体験させていただいてる日々で、もう5年目になりますが、いまだに飽きてない(笑)」優花さんは椎葉に来て毎日が充実しているという。

焼畑の第一人者クニ子おばばと一緒に。

日々の暮らしの中で

薬草を焼酎に漬けた自家製のお薬。左がセンブリでの胃腸の不調に。右はマタタビで滋養強壮に使っているという。

自分で作れるものは、なんでも自分で作るという優花さん。台所の棚には、瓶詰めされた保存食がずらりと並んでいる。野菜の味噌漬けや塩漬け、ヒエの糠を使ったぬか漬け。近所の方にもらったという焼畑で作った在来種の平家大根。滋養強壮に効くというクマバチの焼酎漬け。梅干しを土鍋で黒くなるまで焼いた黒焼き。青梅をすりおろして、絞り汁を煮詰めた梅エキス。ちょっと調子が良くないなという時に食べると元気になるという。

普段から自給自足を目指して生活している優花さんは、自分で作れるものは作ってあとは地域の仕事をお手伝いして野菜や食材を分けてもらったり、食べるものや生活には困らないという。地域の人が一つの家族みたいに思って助け合う「かてーり」という相互扶助の精神が椎葉には残っている。優花さんが椎葉に来たきっかけは、焼畑伝承者であるクニ子おばばのことを知ったことが大きい。クニ子おばばから焼畑や椎葉の文化を教わりたいと思ったという「でも、椎葉に来てみたらスーパーおばあちゃんはクニ子おばあちゃんだけじゃなかった。いっぱいいた!(笑)」。椎葉には魅力的な人がたくさんいる。憧れの人がいっぱいる。温かいし、忘れていたものをたくさん思い出させてくれるのだという。「日本にまだこんなところがあってよかった」と心から感じているという。

「椎葉では魔払いのお茶といって、朝誰かがお茶を入れてくれたら絶対に飲まなきゃいけないんです。『時間ないから』とか断っちゃダメで、お茶一杯をのむ余裕を持つというのが大事と教わりました」。お茶を飲むことで今日いちにちうまくいくという願いが込められているという。普段飲んでいるお茶もアマ茶、杜仲茶、桑の葉茶など昔から日本で飲まれていたものばかり。いろんなお茶を混ぜたりもしてそれがまた美味しいのだという。

椎葉の人は、自然に敬意を払い、自然に宿る神様とともに生きてきた。「今、日本全国から焼畑を見に来たり、椎葉の文化や昔ながらの暮らしに興味を持つ人が増えている。私が体感した椎葉での暮らしの素晴らしさを少しずつでも次の世代へ伝承していきたいと思う」優花さんは優しく微笑んだ。

梅干しも自分で作る。塩漬け、梅酒、甘酢漬けなど。

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