希少種の宝庫・家田湿原(えだしつげん)の自然を次世代につなぐ。

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祖母・傾・大崩 ユネスコエコパーク

公開日:2023/10/30

希少種の宝庫・家田湿原(えだしつげん)の自然を次世代につなぐ。<br />

 東九州自動車道北川インターチェンジ(IC)を降りると、「北川湿原」の看板に目が留まる。北川湿原は、「家田(えだ)湿原」と「川坂(かわざか)湿原」を合わせた呼称で、家田湿原は北川ICから5分ほど。高速道路からも見える場所に、驚くばかりの広大な湿原が広がる。
 北川湿原(約20ヘクタール)は、九州で最も規模の大きい湿原のひとつ。2017年6月に登録された「祖母・傾・大崩ユネスコエコパーク」のエリアに含まれる自然豊かな場所である。南東に位置する家田湿原は約18ヘクタールあり、季節によって見られる植物や虫の種類も様々だ。「家田の自然を守る会」の会長・岩佐美基さん(71歳)に案内していただきながら、これまでの活動について聞いた。

人の営みと共存しながら、絶滅危惧種の動植物は50種以上も。

家田湿原は、家田川を中心に東西に広がる。主に川沿いに遊歩道が整備されている。

サイゴクヒメコウホネが約3kmにわたって群生。

家田湿原を代表する希少植物「サイゴクヒメコウホネ」。直径約3cmほどの黄色い花を付ける。

家田湿原のある北川湿原は、絶滅危惧種の動植物が約90種類生息し、国内でも学術的に極めて価値の高い湿原で、特筆すべきポイントは、人の営みと共存した水辺環境であることだ。高速道路、生活道路が湿原のすぐ脇を通り、周辺には民家が建ち並ぶ。また、家田川、川坂川は農業用水、排水として利用され、現在も稲作が続けられている。こうした環境の中で希少動植物が絶えることなく今日まで残っている。

家田湿原を代表する植物は、「サイゴクヒメコウホネ(西国姫河骨)」。湿原に架かる橋に到着すると、岩佐さんは「ここが一番群生がよく見えますよ」と教えてくれた。夏の日差しに照らされながら、可憐な黄色い花が揺れている。
サイゴクヒメコウホネは西日本の湖沼、ため池、河川、水路に群生する抽水植物で、家田川では上流から下流域までの約3kmにわたって1000株以上群生し、規模は日本一ともいわれている。花期は5月~11月、宮崎県絶滅危惧Ⅱ類、環境省絶滅危惧Ⅱ類である。
すぐそばの川坂湿原には、オグラコウホネが生息している。2つの湿原は直線距離にして1kmもない距離。この範囲に2種類のコウホネが生息しているのは大変珍しいそうだ。

サイゴクヒメコウホネは、家田川の広い範囲で観察することができる。

つい30年前までは水田だった場所が、現在の姿に。

家田湿原の周囲は、水田と住宅地が広がる。大災害の後、土地を嵩上げして家が建てられた。

調査が進み、重要な湿原・生息地として指定。

湿原の水源である湧水池「かたしゃぶ池」。「子どもの頃は、ここで泳いでいました」と岩佐さん

岩佐さんに、子どもの頃の湿原の思い出を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。この一帯は、田んぼだったというのだ。
「44、5年ぐらい前は、この辺りは米を作っていました。ぬかるんでなかなか機械が入らないような土地で、高齢化も進み、だんだん稲作をやめていきました。耕作放棄地になるとすぐにぬかるんで、湿地となったのです」。
耕作放棄が進んだのには、もう一つ理由がある。1997(平成9)年、北川が氾濫する大水害があった。地域の約9割が床上浸水したという。「みんな、家の敷地が高いでしょう?」。岩佐さんが指す方向を見ると、たしかに敷地の土地が嵩上げされている。この水害の後、水田としては使わなくなってしまったそうだ。

稲作をやめた田んぼが湿地となり、湿原化された。多種多様な植物が生息していることが知られるようになり、調査が進んだ。2001(平成13)年に「日本の重要湿地500」、2008(平成20)年に「宮崎県の重要生息地」、2010(平成22)年に「ラムサール条約湿地潜在候補地」に指定されている。

ミヤマアカネ。トンボや鳥、カエルなど、多種多様な生物が生息する。

「家田の自然を守る会」。遊歩道整備が発足のきっかけ。

家田の自然を守る会で、草刈りや野焼き、外来種駆除などを実施し、湿原を守っている。

活動に賛同し、地域の若者も多数参加。

外来種がかなり増えているという。明るいグリーンの植物が、北米原産のウォーターバコパ。

「家田の自然を守る会」の立ち上げは、2010(平成22)年。ユネスコエコパーク登録を目指し始めたころ、「これではいかんね。遊歩道を整備しよう。人が歩けるような環境づくりをしよう」と話したのが発端となった。
現在の会員は約30名。現在の活動は、遊歩道の草刈りと、外来種の駆除が主。岩佐さんに促されて家田川を見下ろすと、水草がわさわさと茂っていた。「10年ほど前から南米のオオフサモが増えてきて、最近は北米の外来種・ウォーターバコパが入ってきています。年2回の駆除が大変です」と岩佐さん。駆除の日は地元の土木事務所と、北川中学校の生徒も一緒に作業に加わる。また、年明け第2か第3日曜日は湿原の野焼きを実施。地域の人も合わせ、50~60人ぐらいで毎年行っているそうだ。

「会員はほとんど地域内のメンバーです。私たちの活動を見て、入ってくれます。一番下は20代から上は80近い方までいます。活動をして、終わったら一杯やろうか、ってね。他の地域では、若い人に加わってもらうのは苦労する、メンバーがだんだん少なくなるというのも聞きますが、ありがたいことに私たちの会は順調です」。
最近は、その会員メンバーで、農地でソバを栽培したり、スイートコーンを作ったり、稲作もしているという。「耕作放棄地が多くなってきて、このままでは地域が荒れてしまうということで、5人で会を作りました。昔からまとまりのいい地域です。それもこの地域の誇れるところかなと思います」と岩佐さんは笑顔を見せる。
実はこの地域は、ほとんど世帯数が減っていないという。ICから約5分、延岡市街地にも大分にも近いという地の利もあるが、地域のまとまりや豊かな自然が残ることが大きな要因となっていることも確かだろう。

説明板も多く、動植物の知識を得ながら楽しく歩ける。

ユネスコエコパーク登録を機に学校との連携活発に。

秋に咲くタデの一種「サクラタデ」。家田湿原には10種類以上のタデが生息している。

希少種を育む湿原が、地域の核となっている。

岩佐さんのお気に入りという「ミズトラノオ」はシソ科の多年草。宮崎県絶滅危惧ⅠA類、環境省絶滅危惧Ⅱ類。

家田湿原には、日本でここでしか見られない植物もある。6月頃に開花する「キタガワヒルムシロ(北川蛭筵)」は2000(平成12)年に新種と認定された。シソ科で9月中旬頃から咲く「ミズトラノオ(水虎の尾)」も、県内ではここでしか見られないそうだ。
岩佐さんは「私が一番好きなのはピンクの鮮やかな花が咲くミズトラノオ。マイヅルナンテンショウもいいです。秋は、タデ類も多く咲きます。ナガバノウナギツカミやサクラタデが群生しているところがあります。トンボは40種類ぐらいいます」と、生物の話は尽きない。

岩佐さんは、「今年度、延岡市がトイレ、休憩所、駐車場を整備することになり、多くの人が来てくれるようになるのは楽しみです。家田の自然を守る会の活動は、細く長く続けていくことを大切にしたい」と話す。ユネスコエコパークに登録され、よかったことの一つに、北川町内の学校関係者と連携が持てたことがある。現在は、北川中学校の生徒と外来種の駆除を一緒にやったり、出前授業に行ったりするようになった。
「参加して、全部覚えなくてもいい。一つか二つ、印象に残してもらえればと思います。この地域のなんでもない場所、なんでもないところに希少な生物が生息している。そんなことを感じてもらえたらいい」と岩佐さん。若い世代と共に活動を続けることで、この豊かな家田湿原が次世代へとつながっていく。

球状の地下茎を持つサトイモ科の多年草「マイヅルナンテンショウ」。宮崎県絶滅危惧ⅠB類、環境省絶滅危惧Ⅱ類。

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