江戸時代からの伝統漁は、環境に優しい最先端の漁法!

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日本農業遺産 日南市かつお一本釣り漁業

公開日:2021/11/1

江戸時代からの伝統漁は、環境に優しい最先端の漁法!

日南市南郷町・目井津(めいつ)漁港は、かつお一本釣り漁の基地である。11月ごろから2月上旬までは漁船が停泊し、正月はどの船にも鮮やかな大漁旗がはためく。「日南かつお一本釣り漁業」は、令和3年2月、日本農業遺産に認定された。約300年前に伝わったといわれる伝統漁法。平成30年6月の申請では認定されず、再提出でようやく輝かしい称号を手にした。なぜ、かつお漁が日本農業遺産になったのか。認定まで、どのような歩みがあったのか。南郷漁業協同組合の理事で、「八号三代丸」を降り、11年前に次男に船頭を引き継いだ岩切孝次さん(71歳)に話を聞いた。

海と山とのつながりから「日本農業遺産」認定へ。

「かつお一本釣り日本一」日南市南郷町商工会のwebサイト。一本釣り漁の様子がよく分かる。

日南かつお一本釣り漁の始まりは江戸時代

「港の駅めいつ」には、目井津漁港についての展示室がある。昔の写真や漁具などが展示されている。

かつお一本釣り漁業は約400年前、紀州和歌山の漁師たちによって、南は四国や日向、薩摩、北は青森まで伝えられたといわれている。日南に伝わったのは、1707年の宝永地震以降、大津波の被害を受けた漁師たちが技術指導のため薩摩藩に招かれたあたりではなかったかとされている。
「紀伊の国では豊臣秀吉の時代から始まっていたといいます。年貢としてかつおの堅節(かたぶし)を納めたことから、技術が発展したのでしょう。各地で操業し、技術が伝わる中で、飫肥は特別でした。飫肥杉があった。船を造ることができたんです」。
明治時代初頭になると、日南では半農半漁で、農民たちもかつおを釣り、暮らしていたようだ。岩切家も、孝次さんの6、7代前、200年前ぐらいからかつおで生計を立てていたとみられる。漁場を開拓し、種子島、屋久島、奄美大島、沖縄から台湾まで出航。奄美大島では漁師と船大工、鰹節を作る女工まで引き連れて行くほどになったという。

目井津の海岸には4箇所ほど造船所があり、昭和40年ごろまでは、19トン程度の飫肥杉の木造船が使われていた。岩切さんは、子どもの頃に見た木造船の造船風景のことをよく覚えているという。「4、5mぐらいある長い杉板を曲げるんですよ。大きな釜の湯をぐらぐらたぎらせて、その湯につけて曲げます。その頃は、飫肥杉の山を漁師たちが持っていたそうです。年間どのぐらい製材するかを決めていた。かつお漁と飫肥杉との関わりから、日本農業遺産認定という流れがあるんです」。昭和42年、まだ木造船の頃に父のかつお船に乗り込んでから半世紀以上、岩切さんは家族や多くの漁師たちと、このかつお一本釣り漁を守ってきた。

展示されているかつお一本釣り漁の竿。かつおのサイズによって1人30本ほど持っているという。

かつお一本釣り漁は資源を守る漁法。

船が停泊しているのは、11月下旬から2月上旬ごろまで。12月30日に船飾りをし、1月10日まで大漁旗がたなびく。

漁はかつおとの知恵比べ。「かつおの気持ちになってやれ」

南郷漁業協同組合にも、日本農業遺産認定の看板がかかる。

岩切さんがかつお船に乗り始めた頃は、まだ船も小さく、装備もない時代。「水一滴は血の一滴」と言われていたという言葉にも、その苦労がにじむ。現在の船はFRP(繊維強化プラスチック)製。港には115トン、150トンクラスの漁船が並び、「いまや走るビジネスホテルだよ」と岩切さん。船を見ながら、かつお一本釣りの漁法を教えてもらった。

最初にするのは、かつおの漁場近くで餌となるカタクチイワシを積み込むこと。日南では、長崎や鹿児島から運び、畜養している。十分な量を積み込んだら、かつお漁場に向かい、魚群を探す。群れが来たら、そこに‟船を載せる“。その際、かつおを驚かせないことが何より大切なのだそう。「要領が悪かったり驚かせたりしたら、群れは沈下する。群れの後ろからだんだん近づいて船に慣れさせるんです。若い頃、先輩には『カツオの気持ちになってやれ』と言われていました。かつおは頭がいい。知恵比べなんです」。
船員は竿と「シャモ」と呼ばれる疑似餌を持って船の左舷にずらりと並ぶ。かつおの群れに生きたカタクチイワシを投入し、かつおが上がってきたら竿をしならせ、勢いよく船に上げていく。釣り上げられたかつおは、釣り座後方に備え付けられた傾斜のある甲板の上に落ち、その下にあるベルトコンベヤーで自動的に魚倉まで運ばれていく。
竿は、昔は竹製、現在はグラスファイバー製で、1人約30本は持っているそうだ。1kgから20kgと、かつおのサイズに合わせて揃えている。シャモという特殊な針は、手作り。鶏の羽を使い、こちらもかつおのサイズに合わせ、多い人は70~80個も持っているという。

かつお漁は、日南を2月に出航し、4月末まで沖縄、奄美大島で操業。5月初めから7月中旬までは東京都八丈島沖。そのときは千葉県の勝浦漁港が水揚げの拠点となる。その後、11月中旬までは気仙沼を拠点としている。これらの海域が、カタクチイワシの好漁場というのも大きい。年間約50航海し、北上した後は時化や台風以外のときに休みはない。11月下旬から1月まで、故郷でのつかの間の休暇を過ごす。

岩切さんは「巻き網で一網打尽に獲るのではなく、人間が1尾1尾釣り上げていく『日南かつお一本釣り漁業』は、資源を枯渇させない地球に優しい漁。SDGsを300年も400年も昔から実践していたんです」と胸を張る。

「シャモ」と呼ばれる釣り針。「昔は漁師の自宅では必ず鶏を飼っていて、その羽で作っていた」と岩切さん。

「日南=かつお」のイメージを定着させた立役者。

港の駅めいつの「かつおめし定食」。日南ならではの甘い醤油ダレに漬けたかつおが旨い!

船の上でかきこむ漁師めしが人気メニューに

かつおは、まず刺し身で、次に薬味と一緒に丼に、締めはだし茶漬けで召し上がれ。

岩切さんが日本農業遺産に関わるようになったのは、南郷町商工会から、漁師たちのとりまとめ役を依頼されたのがきっかけだった。もう約10年前のことになる。「南郷町を活性化することで、少しでも過疎化を食い止めたいという思いは、私にもありました。一本釣りかつおの漁獲量日本一という地域の宝を活かすことで、自分たちが地元の力になりたいと思いました」と振り返る。

かつお一本釣り漁を発信するため、さまざまなイベントを行ってきた。
そのような取り組みと併せて、日南=かつおを発信する立役者となったのが「港の駅めいつ」。平成17年2月にオープンし、「日南、目井津といえば、かつお」というイメージが県内外の人に定着する原動力となった。
もちろん、レストランの人気メニューは、かつお。昔から食べられていた漁師めし『かつおめし』が食べられる。船上でも、さばきたての新鮮なかつおの刺し身に醤油をたっぷりつけ、ご飯の上にのせて豪快に食べる。「こうやって刺し身を食べているときにかつおの群れが出たら、すぐにお茶をかけてかきこむ。腹持ちもよくて、昔からこうして食べていました」。
平成22年には、新・ご当地グルメ「日南一本釣りカツオ炙り重」がデビューし、港の駅めいつではもちろん、日南市内で提供され、さらに日南どれのかつおのおいしさが広まることになった。

港の駅めいつには、レストランと直売所がある。南側に目井津漁港について紹介する展示室もあるので、ぜひ見学していこう。

地域の宝を次世代へ受け継ぐため、県内外へ発信。

宮崎第一中学校の体験学習の様子。竿を持ち、かつお一本釣りを体験してもらう。

いまようやくスタート地点へ

漁師めし喰うてみろかツアー。目井津港を見学し、漁について学び、漁師めしを食べる日南・かつお尽くしのツアー。

日本農業遺産の認定に向けて、県内外でさまざまな発信を行ってきた。5年ほど前には初めて「かつお船を見てみろかツアー」を実施。「普段は、漁船に女性を乗せないという慣習がありますが、この日は特別。最初に集まったのは、いつも見ているのにこれまでは乗ったことがなかった地元の女性たち。喜ばれました」。
東京丸の内で行われた「かつお一本釣りナイト」や宮崎第一中学校の体験学習では、竿、シャモ、かつおの模型を使って一本釣り漁のデモンストレーションも。目井津港で行われる「漁師めし喰うてみろかツアー」は昨年11月にも行われ、今後も定期的に開催される予定なので、こちらも要チェックだ。
岩切さんは「イベントなどを通して徐々に浸透し、南郷町から日南市、宮崎県と協力の輪が広がっていきました。それが日本農業遺産認定につながりました」と喜ぶ。

多くの乗り越えなければならない壁もある。一つは人手不足。最盛期には日南で80隻ものかつお船が操業していたが、現在は22隻。「知識をつなぎたい」と、宮崎海洋高校や県立高等水産研修所にも話をしに出向いている。「目井津の漁師は、仲間みんなで大きくなろうという気持ちが強い。俺が釣ったからお前にも釣らせたいという気持ち。だからこうやって残っているのだと思います。このまちはかつおで生きて、かつおで育っているんです」。
もう一つの大きな壁は、海洋資源を枯渇させないこと。海洋資源に関しては、令和3年6月に、高知・宮崎の近海かつお一本釣り漁業がMSC認証(持続可能な漁業に対する認証制度)を取得した。「資源に優しいかつお一本釣りを後世に残したい。雨が降ったら山から水が流れて、その栄養素でプランクトンが育って、それを小魚が食べて、そこにかつおがやってくる。自然の営み、循環です。いまようやくスタート地点に立ちました。地元も活性化しながら、私たちの祖先から続く、自然に優しい漁法をつないでいきたい」。

東京で行われた「かつお一本釣りナイト」。大漁旗で彩られた会場に、日南ファン、かつおファンが集まる。

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