この風景は先人から受け継ぐ知恵と努力の結晶。

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世界農業遺産 高千穂郷・椎葉山地域

この風景は先人から受け継ぐ知恵と努力の結晶。

山里に黄金の稲が輝き、柿や栗が実る秋の高千穂にやってきた。牛農家の田邊貴紀さん(41歳)が家族とともに暮らすのは、山々に囲まれ、田畑と昔ながらの民家が残る上野地区。自宅近くに幾つかの牛舎があり、現在は約80頭の牛を育てている。牛舎でのんびり過ごす牛たちの鳴き声がのどかな風景の中に響く。
田邊さんは、農協青年組織協議会高千穂地区の部長、兼務で県協議会の副委員長を務め、今年度は委員長、さらに九州沖縄地区協議会の委員長にも就任した。忙しい日々の中で、将来について、思いをめぐらせている。

高千穂では珍しい専業畜産農家に転換。

愛らしい瞳に癒される。でもその分、責任も重い。

大学時代に畜産の面白さに気づく。

規模拡大のときに最初に建てた牛舎。田邊家の山の材木を使ったそうだ。

 高千穂町では、この規模での畜産専業農家は珍しい。5年前に父親から代替わりし、それを機に、先を見据えて思い切って専業に切り替えた。「これから、もっと規模拡大も考えている」と、今後を見通している。

 田邊さんが就農したのは大学卒業後の約20年前。当時は父親と母親が畜産、露地野菜栽培などの複合経営をしていた。幼い頃から田畑や牛を見て育ち、地元で就農すると決めて佐賀大学農学部に入学したものの、大学ではラグビーに没頭。「研究室では有機農業を学びました。実は部活をやるために選んだんです」と笑う。畜産に興味を抱いたのは4年生のときだった。「ただ卒業するのは味気ないなと思って、佐賀の畜産試験場に2ヶ月ぐらい通って人工授精師の資格を取りました。その期間に出会った畜産農家の方に現場の話を聞いて、『畜産、面白いな』と感じたことがきっかけでした」と田邊さん。

 就農した頃、親牛を7頭から10頭に増やし、夏は露地のキュウリ、春はスイートピーを育てていた。当時も今も、この辺りでは複合経営農家がほとんどだ。田邊さんは2005年にそれまでの倍以上の牛が入る牛舎を造り、そこから規模拡大を始めた。
「畜産一本にした頃は65頭ぐらいだったかな。今も両親と私と3人の家族経営です。両親は65歳なので、体力的に園芸や露地野菜は労力が大変で。長い目で見たら畜産がいい。今は特に子牛の価格もいいので、思い切って一本にしました」。

365日 生き物相手という責任。

子牛の成長の様子を見ながら濃厚飼料を与える。

 大学卒業後に就農し、1、2年は苦労したそう。「大変だったのは仕事を覚えること。イチから全部、親父の背中にしがみつきながら勉強させてもらう感じでした。当初は学生気分が抜けていなかったので、それも大変だった。露地もののキュウリは、夏場は5時起きで雨が降ろうが台風が来ようが絶対に収穫しないといけないんです。翌朝、起きれなかったり、二日酔いだったりしたこともありますね」と振り返る。

 今も、6時ぐらいには1日がスタートする。牛の餌やりがすべて終わってから自分の朝食。その後、また牛舎に来て、牛が自由に歩いて足腰を鍛えられるよう、牛舎の中で離している。昼は11時すぎから子牛の餌やり。夕方は16時ごろから1時間半ぐらいかけて全頭の餌やりがある。両親が家を空ける場合は1人での作業。さらにITの力でかなり楽になったというものの、出産を見るのも大切な仕事だ。365日、生き物相手の畜産は、休む暇はない。

 町内の競りは隔月で開催される。肥育農家が買っていったときにスムーズに肥育に移行できるような子牛をつくるように意識して、牛を育てている。

高く積まれたロール。

高千穂が世界に誇れること。

皆が守る農村風景。

 高千穂町は「高千穂郷・椎葉山地域」として、2015年12月、国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産に認定された。田邊さんに「何か変わったことは?」と尋ねると。「僕らが変わった!というのはないんですけどね」と笑った後、「でも注目してもらってるというのは嬉しいかな」と返ってきた。田邊さんは高千穂町が制作した世界農業遺産のPR動画にも出演している。1年以上取材クルーが入り、出産シーンや競り市も撮影した。「かなりいい動画なので外にも発信しないともったいない。県民にもぜひ見てほしい」と薦める自信作だ。

 高千穂で一番誇れることは、この風景だという。「農村風景をみんなでがんばって維持しているんです。この草を刈る、畦草なんかも。ワンシーズン3回、4回は刈ります。刈った草は畜産農家が牛の餌にします。我が家もそうです。畜産も、循環の中に入っていて、農村風景の維持に貢献していると思います。このことを皆さんにも知ってほしい。そして西臼杵地域の人たちの人柄がいいので、そこも来て見てもらいたい」と田邊さん。

 高千穂には「刈干切歌」という民謡が受け継がれている。草を刈って乾燥させる刈り干し作業のときに歌う歌だ。今もこの作業は受け継がれ、乾燥させた草は冬の餌や牛舎の敷料になっている。
昔から続く風景が残っていること、夜神楽などの文化が受け継がれていること、山の奥から水を引く山腹水路が棚田の風景をつくっていることなどが世界に認められた。この風景は先人の知恵と努力の結晶なのだ。

心が洗われるような美しい風景。脈々と続く人々の営みに感謝する。

神楽を後輩へと引き継ぐ。

上野神社の神楽は毎年11月。神楽が終わるといよいよ冬支度だ。

 田邊さんは長く、奉仕者(ほしゃどん)として神楽の奉納も続けている。今年も11月22日、23日に上野神社で夜神楽が舞われる。「一番多いときは8番ぐらい舞っていましたけど、今回は2つかな。親父がやっていて、小さい頃から夜神楽を見に行ってました。自分も将来はやりたいって憧れはありましたね。師匠クラスしか舞えない番付もあるんです」。
 田邊さんは2年前に、花形の神楽、明け方に舞われる「戸取」も舞うことができた。今はどんどん若手に譲り、教えていく立場になった。地域みんなが地元の神楽を誇りにし、つないでいく責任を担っている。

高千穂の畜産を次世代へ。

規模拡大し雇用を生む。

2019年9月に行われた「新規就農者の集い」では、苦労を仲間と分かち合うことの大切さについて話した。

 「現在、母牛が80頭いますが、まだ規模拡大したいと思っています」と田邊さん。将来的には120~130頭を目指している。両親の年齢も考え、これからを見据えたとき、牛舎を新たに造って頭数を増やし、雇用も生み出したいと考えている。「そのためには、福利厚生もきちんと考えないといけないし、休日を取る体制も整えないといけない。でも、きちんと展開を考えることが、次世代へとつなぐことになると思います」。
 ここ数年が転換期となり、正念場だという。多くの人が後に続けるよう、新たな展開を切り開くことが、高千穂のこの風景を守ることにつながっていく。

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