自然と人がいかに共生していけるか。

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祖母・傾・大崩 ユネスコエコパーク

自然と人がいかに共生していけるか。

高千穂町で環境省の自然公園指導員として活動し、「五ヶ所高原 ゴマ姫の草原を守る会」会長を務める甲斐英明さん(71歳)。宮崎県と大分県とにまたがる祖母(そぼ)・傾(かたむき)・大崩(おおくえ)山系が2017年6月に「ユネスコエコパーク」に登録されるまでは、高千穂町推進会議副会長も務めてきた。「自然と人との調和と共生」が維持されるよう、現在も周辺地域の自治体が連携し、生態系を守る取り組みを続ける。甲斐さんは「この自然を次世代につなげなくてはならない」と力を込める。

神の山・祖母山の麓で生きる

畜産が自然保護活動のきっかけに。

三秀台から東を望む。好天の日は、こんな眺め!中央に見えるのが祖母山。

 甲斐さんと一緒に行った五ヶ所高原の三秀台は、あいにくの曇り空。それでも、遠くの山並みが美しく望めた。三秀台とは、祖母山、阿蘇山、久住山という三つの秀峰を一望できることから名づけられた。まず教えてもらったのは祖母山。写真の中央に見える山だ。
 祖母山という名の由来は、神武天皇の祖母にあたるトヨタマヒメノミコトが御祭神という説がある。「『日本書紀』には神武東征で豊後水道にさしかかって嵐にあったときに、神武天皇が祖母山を仰いで「嵐を鎮めてくれ」と願うと、嵐がおさまったという一説があります。近くに祖母嶽神社がありますが、いまだにお参りに来る人がいますね」。

 甲斐さんは、生まれも育ちも三秀台のすぐそば。高千穂高校へ進学と同時に寮に入って実家を離れ、卒業後は高鍋町の農業大学校に進学。高千穂に戻って農協に勤め、家畜人工授精師をしていた。退職して五ヶ所に戻り、畜産を始めた。多いときは18頭飼育し、両親は主に野菜を作っていたそうだ。だが、後を継ぐ人がいないということになり、2009年に畜産をやめることを決心した。「農業をしていたから自然保護に関心があった。子どもが小学校にいる頃から活動を始めていました。学校全体で活動することもありました」と振り返る。

祖母山を拝む。

ユネスコエコパーク登録に歓喜!

北方向を望む。天気のいい日は久住連峰が見える。

 甲斐さんは「ユネスコエコパーク」の登録が決定したとき、飛び上がって喜んだそうだ。「世界的に認められるということですからね。高千穂町は2015年に高千穂郷・椎葉山地域で世界農業遺産の認定を受けました。そのときから両方受けられたらすごいという話をしていました。高千穂は観光が重要産業ですから、世界に認められた世界ブランドとしてアピールできるのは大きなメリット。そしてもちろん、今ある自然を守るというのも大きいです。10年に1回、調査が入ります。それを維持していく責任があるのがいい」。

 認定されてから変わったこと。明らかに登山者が増えたそうだ。登山道へのアクセスが分かりにくく、道幅が狭かった道路は、甲斐さんらの要望により、県と町が舗装している最中。外国人も多く、MTB(マウンテンバイク)で登山道を走るトレイルライドをする人もいる。「今までと違う形の観光客が来るようになった。英語も勉強しないといけないですね」と歓迎する。

ヒメユリの保護から学んだ生態系

可憐なヒメユリの花。6月下旬~7月上旬に三秀台で見られる。

豊かな自然が与えてくれた出逢い。

 甲斐さんが最初に興味を持ったのはヒメユリの花。「山野草が好きなんです。昔は、6月下旬から7月上旬頃、この五ヶ所高原一帯がオレンジ色のヒメユリでいっぱいになりました。年を追うごとにどんどん少なくなって、それで自分で監視員を名乗り出て、自然保護活動を始めました」と当時を振り返る。
 ヒメユリの減少の原因で、最も大きかったと考えられるのは盗掘だ。山野草ブームの頃に注目され、多くの愛好家が詳しいことを知らずに持ち帰ってしまった。ヒメユリは現在、「宮崎県の指定希少野生動植物」に指定され、捕獲や採取などが禁止されている。

 日本の南限とされるヒメユリを守るために人々への啓発活動を始めようと、甲斐さんたちは2013年に「五ヶ所高原 ゴマ姫の草原を守る会」を発足させた。学校全体で増殖に取り組んだこともある。宮崎植物研究会の会長・南谷忠志さんから「家庭で育てた苗を植えたら交雑種になってしまう」とくぎを刺され、持ち出さず、持ち込ませず、今ある原種を守る活動をこつこつと続けている。

貴重な蝶ゴマシジミ・ヒメシロチョウ。

ゴマシジミ。宮崎県昆虫調査研究会会長 岩崎郁雄さん撮影。

 ヒメユリを守る活動を始めてから出会ったのが、宮崎県昆虫調査研究会の会長 岩崎郁雄さんだった。「ヒメユリの調査で回っていて、よくお会いする方がいるなぁと思って声をかけたんです。あちらは網を持っていて。そこで初めて、ゴマシジミについて教えていただきました。目立たない蝶ですから、まったく気づいていなかったんですよ。聞けば聞くほど大変貴重な蝶で、驚きました」と甲斐さんは笑顔で話す。

 ゴマシジミは県内では五ヶ所高原だけに生息し、見られるのは8、9月頃。ワレモコウという花に卵を産みつける。幼虫は花を食べて育ち、やや成長するとクシケアリによって巣に運ばれ、巣に入った幼虫は、アリの幼虫や蛹(さなぎ)を食べるようになり、アリの巣の中で越冬する。ワレモコウの数が激減し、それによってゴマシジミも数を減らしていた。当初はワレモコウの盗掘が原因と疑っていたが、甲斐さんが調査に協力し、鹿の食害が原因ということが分かった。それからはワレモコウの繁殖地を網で囲うなどの対策を講じている。

 “ゴマ姫”のゴマはゴマシジミ。では姫は?というと、ヒメユリに加えて、ヒメシロチョウという蝶のことも指している。北海道、本州にも分布しているが、九州では阿蘇・九重地域の火山性山地草原に限られ、こちらも県内では五ヶ所高原のみ。ゴマシジミ、ヒメシロチョウとも、県の指定希少野生動植物第3次指定となっている。ヒメシロチョウはツルフジバカマに卵を産む。この花が三秀台から近いわずかな部分だけに咲くため、蝶もこの辺りでしか見ることはできない。

ヒメシロチョウ。モンシロチョウより一回り小さい。岩崎郁雄さん撮影。

次世代へつなげる覚悟を

まずは1人1人が知ることから。

ユネスコエコパークに登録され、設置した案内板。ここで山々を望みたい。

 五ヶ所高原は1997年に、昔からの自然を守っていくという方針で県の重要生息地に指定された。甲斐さんは「例えば熊本県では、杉を植えずに昔の山林に戻す取り組みが始まっています。昔あった種が芽を出して少しずつ戻っていくのではないかという取り組みです。宮崎県もそれぐらい考えないと、昔の自然がなくなってしまう。一度壊してしまったら、100年200年、なかなか元には戻らないんです」と取り組みへの覚悟を語る。先日、自然公園関係功労者環境大臣表彰を受け、今後の活動への思いをまた新たにした。

 まずは、多くの人に関心を持ってもらうこと。宝物があっても、地元の人は気が付かないことがほとんどだろう。当たり前になっていても、実はここにしかない魅力がたくさんある。「全国的に見ても貴重な生物ということをまず地域の人たちに知ってほしい」と、五ヶ所高原 ゴマ姫の草原を守る会では、年に1回、教室や講演会を開いている。年々、参加者が増えているそうだ。
 豊かな自然を次世代につなげるため、まずは知ること。私たちにもできることから始めたい。

三秀台にある「ウェストン碑」。日本近代登山の父ウォルター・ウェルストンが祖母山に訪れたことを語り継ごうと建設された。

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